エイサーとは?
エイサーの起こり
エイサーはいわば日本本土の盆踊りにたとえることもできるだろう。お盆に盆踊りが行われるように、エイサーも旧盆にしか行われない行事である。 いま、沖縄の民俗文化を語るのに「おもろ」について説明しなければならない。「おもろ」は日本の万葉集にも似た古い歌謡で、神の信仰、歴史、地理、英雄伝などが詠じられそのほとんどは情詩である。(現在では、日本の祝詩にあたるものとされている)この、「おもろ」は太古の琉球固有の信仰からはじまり、ヌール(巫女)によって語り伝えられたものと思われ、12世紀から17世紀にうたわれたものと推定される。
「おもろ」が収められた本「おもろ草子」というが、琉球文化とは、この「おもろ」に時代の文化と、中国や東南アジア及び日本伝来文化とが混合して時の流れと共に手が加えられ、琉球独自の文化形態ができたというのが通例であり”エイサー”もそういう類のひとつだろう。
エイサーが旧暦のお盆、つまり精霊迎え、送りにつながる行事であれば、それが仏教から出ていることはまず間違いないだろう。古老達の話を伺うと、エイサーは「ニンブチャーウドイ」(念仏踊り)のことだろう。ニンブチャーは念仏僧のことで、各家庭を念仏して食べるものを乞い歩いた僧侶のことである。現在のエイサー歌にシチグァチャー(7月節ー継母ニンブチャー)がどこの部落にエイサーにも使われているのは、エイサーの前身が念仏踊りでもあることを意味する。
そして現在でもエイサーは各家庭をまわり寄付や飲み物をもらっているのは念仏踊りと関係を一層強く感じさせる。エイサーと呼ばれる念仏踊りに三味線の伴奏がついたのは約250年程前であり、このころからエイサーと呼ばれるようになった。
ただ、エイサーのあり方については念仏踊りとして継承されているが、確証づける文献はなく、エイサーの起こりは憶測に中に存在する。
伝統エイサーと創作エイサーの違い
一口にエイサーといっても、その踊りは様々で、多くの青年会で、独自のリズムや振り付けが伝統的に受け継がれています。中には、元来エイサーが根づいていない地域でも、青年会活動の一環として、周辺の伝統的な青年会から指導を得て、エイサーに取り組む団体が生まれ、その振り付けをベースに独自に発展させています。この様に何代にもわたって、独自のリズムと振り付けを継承しているエイサーの型や、その流れを組むエイサーの型を伝統エイサーと言います。
一方で、伝統的な型にこだわらず、時流れに合わせた振り付けやサウンドを取り入れ、近年成長しているエイサーが創作エイサーです。この魅力はなんといっても伝統的な沖縄民謡だけでなく、ロック、ポップスといった楽曲も積極的に取り入れて、かつ、エイサーにダンス的なエンターテイメントの要素を取り入れたところにあります。
