大会の沿革

沖縄県青年団協議会(沖青協)は1948年に結成して以来、たえず地域の課題を真正面から取り上げながら、地域の発展に寄与する青年集団をめざし、あわせて青年達の連帯を深めることをねらいに社会、産業、文化、体育等々の幅広い活動を展開してきた。

その中でも、文化活動の中心となるのが、各地域で受け継がれてきた地域独特の個性豊かな民俗芸能を一堂に会して広く県民に披露し、その保全と異なる創造、発展にむけて沖青協の総力を挙げて取り組む「青年ふるさとエイサー祭り」である。

この催しは、日本の高度経済成長の起爆剤になったといわれている東京オリンピックが行われた1964年に、民俗芸能の中でも青年団が中心として継承しているエイサーと盆踊りを選抜して「第1回全沖縄エイサー大会」と銘打って開催されたのが始まりである。

第1回大会から第10回大会までは、隊形、演技、伴奏等の優劣を競うコンクール形式、第11回以降は「コンクール」から「祭り」形式に改め、同時にエイサー以外に地域独特の民俗芸能も併せて披露するようになり、第14回からは「青少年地域芸能活動発表会」として位置付けて、開催日数を1日から2日に延長して1日目を地域の芸能を披露する場とし、2日目をエイサーを披露することになった。

それに伴い名称も「全沖縄青年エイサー大会」から「青年エイサー夏まつり」、「青年エイサー祭り」、「青年ふるさと祭り」と変遷し、現在の「青年ふるさとエイサー祭り」として定着したのは第18回からで、会場を奥武山運動公園に固定したのも第14回以降である。

また、国際児童年を契機に第15回からは子供エイサーが出場し、更に第30回からは『青年文化フェスティバル』と銘打ち、現代青年が新しく創造した創作芸能も加わるようになり、より充実した祭りへと発展してきた。

また、第14回から第24回までは、沖青協結成35周年記念事業として県下の青年団が推進した「沖縄県青年会館建設」の資金造成事業の一環と捉えて、会館建設の必要性をアピールする場にもなった。この間は観覧する多数の県民から入場協力金を頂戴したが、約6億円の沖縄県青年会館が完成した裏にはこのような県民各位のご支援があったことはいうまでもない。

一方、沖青協に結集する青年たちが運営してきたこの催しに、第15回から沖縄タイムス社、第17回から琉球放送が主催団体として加わって、事前広報やテレビ中継を実施した結果、回を重ねるごとに盛大になり、今では沖縄県になくてはならない一大祭りとして定着するに至っている。

2014年に第50回記念大会を終え、2015年にこれまでの祭りのあり方を見直すことで、一旦休会を要した。しかし、青年会活動において県下青年の祭典を取りやめることで青年会の衰退に歯止めが効かず、青年会の活躍こそ発展に繋がると活躍の場を今一度と、現状を踏まえ2016年に沖縄の青年が今一度一丸にと「沖縄」を新たに冠し、開催日を2日間開催から1日開催にし、場所をセルラースタジアム那覇から北谷公園陸上競技場に移し「第51回沖縄青年ふるさとエイサー祭り」として開催した。

また、2020年から2021年においては、世界に猛威を振るった新型コロナウイルスの感染拡大により祭り実施を取りやめたが、地域の郷土芸能、エイサーを継承し青年たちの活動の場を提供するために現役の青年会の演舞動画を撮影し動画配信を行った。

 

青年ふるさとエイサー祭り実行委員会(沖縄県青年団協議会)
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